2015年7月29日水曜日

国家社会主義の亡霊

 夏は亡霊が彷徨う季節である。日本のナショナリズム運動は、国家社会主義の亡霊にとり憑かれて、すっかり生気を失った。経産省の保守派は関東軍と化し、地方は満州国のように植民地となった。補助金によって、自由市場は失われた。
 

 地域独占電力会社の族議員が礒崎陽輔首相補佐官や下村文科相の上げ足をとっているが、独占企業が議会に議員を送って議会を制圧しているのは許しがたいものだ。安保法案闘争はプロパガンダだが、地域独占企業の政治献金や自治体への寄付、商工会、観光協会への補助金のばら撒きは議員の利権だ。

 

2015年7月16日木曜日

甘利氏の成長戦略とは、斜陽企業や団体への補助金ばら撒き作戦だ

 補助金に群がるのは、ハイエナ企業や団体である。こういう企業や団体に補助金を配って延命しますと、ギリシャと同じように高額年金者への支払いが、低所得者の年金基金を食うことになります。公務員の給与も上げましたから、将来の年金の支払いの増大によって、危機的な状況を招きかねない。
 公務員の給与を上げて将来の彼らへの年金を低年金者の年金基金の負担から奪っておいて、新幹線で年金を減額されて焼身自殺した老人の事件を省みる事がない政治。おまけに、将来の年金制度の逼迫に備えて、消費税増税をするのを阻止した、甘利氏一派の魔業は、万死に値する!
 しかも、景気が悪くなったのは、公共事業の予算の半分も執行しなかったからである。国民は政府のプロパガンダをみすかして、消費を控えてせっせと貯蓄に励んでいる。消費の低迷を地域振興券や割引クーポンやイベントで補っても、一時的な消費喚起であって、永続的な景気対策とはなりえない。むしろ、反感をかってしまうであろう。


 消費を抑え、貯蓄へまわす人が増えてきた。斜陽企業が補助金もらって、その会社の社長が給与を貯蓄するというようなこともあるでしょう。儲からない事業だから、補助金をもらう。こういう会社に補助金を出したり救済すると、将来そういう人たちの高額な年金負担が高齢化社会を崩壊させる。ギリシャと同じことになる。斜陽事業をたたみ整理するのに補助金をだしたほうがましだ。これは流動性の罠から抜け出すチャンスにもなる。事業を整理するにも資金がかかるので、その分お金が市場に出るからです。また補助金がなくなった会社の人々は、稼げる仕事を探し、貯蓄より仕事のためにお金を使うようになる。補助金をもらって会社を存続させても、仕事もせず、消費もせず、将来の年金生活のために、せっせと貯蓄や投資信託を買う。これが流動性の罠になる。補助金を断ち、仕事のためにお金を使うようになれば、お金のいい循環ができる。
 もうひとつの方法は、金貨・銀貨の流通をやる。国内の鉱山の掘削が活発化して、雇用や地場産業育成になる。ふるさとの鉱山資源を発掘したり、ふるさとの稼げる資源を再発見する。そういう事業に、補助金ではなく投資資金を入れたり、投資を募る。投資を募るには、稼げる事業でないといけないから、そういう視点で事業を考えるようになる。エンジェル資金を募るサイトをつくればいい。
  今回の中国の資本の逃避による株式の暴落のようなことを避けるには、金や銀といった実物資産に分散投資する必要がある。国内資源の稼働率があがれば、国内の景気は回復します。地熱や水力の活用も大いに期待できます。

平和の祭典を利権の祭典にした東京オリンピック


 あらゆるものを、人の善意や福祉やスポーツや教育まで利権化する。最大多数の最大幸福より、最小少数者のための最大幸福を追求する。つまり国民から金を徴収して、特権階級にばら撒く。特権階級とは、政治家や官僚や公務員や経団連やその労組等である。あとは政治的にうるさい連中。最大多数の最大不幸を追求してるんだ。国民を踏み台にして奢る自民、民主の政治は絶望的だ。もはや、国民は覚悟を決めたほうがいい。こいつらの奴隷になるか新党を設立するか。 こんな支配階級のために、自衛隊や国民が死ねる訳ないだろう。国民を騙すのもいい加減にしろ。

 ネットウョが保守系のネット発信者によって、原発擁護、経産省主導の経済政策に傾いているのは残念であるが、それが彼らの急速な衰退を招いたことも確かなことだ。安保法制によって、愛国心が蘇ってきたのは歓迎すべきだが、一方必ず経産省のレクチャを披露するのは、愚かなやりかただ。保守主義者はネットで左翼批判のプロパガンダをやり、左翼はマスコミを使って米国の駐留軍の検閲の下に作られた平和憲法を唱えている。米軍の軍事力の庇護によって平和が維持されているのにだ。


 甘利氏を代表とする経済政策の失敗は日を追って明らかになっている。消費が減り、貯蓄が増えるという、彼らが望む経済政策とは全く逆の方向に向かっている。アベノミクスは骨抜き状態で、大海をくらげのように彷徨っているかのようだ。彼らは消費税増税のせいにしているが、実体経済への投資より株式投資に夢中になっている節が窺える。
 株式投資の欠点は、企業が設備投資をすると一株あたりの利益が縮小して、株価が下がることである。設備投資が増えなければ、GDPも消費も増えない。かくして、実体経済と株式投資は同床異夢のごとく乖離していく。供給過剰の構造不況業種が多いから、簡単に設備投資ができないことも一因である。
 それでは供給不足はなにかといえば、電力の供給と介護施設等の福祉施設の不足である。原子力村を中心とした利益共同体は、国や地方自治体の議会を侵食し、正しい経済政策の遂行を妨げている。これが日本経済の病巣である。
 電力会社の地域独占を解消しなければならない。来春には電力自由化が行われるという。しかし、アベノミクスが彼らによって骨抜きにされたように、電力自由化も決して油断はできない。電力の卸売市場はあらたな護送船団のステルスとして機能する惧れがある。地熱の42円という高価買取は、コスト削減とは逆の方向だ。安い電力の供給を阻み、地域独占企業の既得権を守るものでしかない。

 東芝不正会計問題は、護送船団方式の蹉跌のあらわれであると考えられる。原子力村の利益共同体は、今や放射能とともに赤字を垂れ流す魔業であることが明確になった。経済環境が激変する今日では、護送船団方式はスピードと小回りがきかないために、敵機に簡単に撃沈される。戦艦大和のように。空からのスピード攻撃に対して、巨大な牛のような的は、敵に格好の標的となる。水素燃料も踏み込みが足らず失速した。スピードの点で、グーグルの電気自動車のほうが市場を席巻するだろう。
 ソフトバンクの戦略はおそらくインドで太陽光発電と充電装置で、電気自動車を普及することにあるのだろう。問題はコストだ。なぜ太陽光発電にこだわるのか疑問だ。生来の負けず嫌いが妄執となっているのだろう。きっとイノベーションが起きて、いい発電方法が見つかると思う。孫正義氏の先見性とスピードは速すぎるのだ。日本を相手に闘っている孫正義氏は、日本の保守層を覚醒させるにはいい刺激的な好敵手だ。優れたライバルがいない市場は旧ソ連のように崩壊してしまう。
 

2014年9月1日月曜日

明治維新と勤王の志士

明治維新
 これは勤王の志士達が、幕藩体制を殲滅し、倒幕と廃藩置県によって、国家統一を果たし
た偉業であった。ただ、方法論にすこし間違いがあった。朱子学の呪縛と、国家神道に傾斜し
過ぎたと思う。やはり、ここは奈良時代の鎮護国家にならって、神道と仏教の融合である密厳
国土のような国家を樹立すべきだ。米国の占領政策による地方分権は、日本の風土には適
応せず、統一国家としての強靭さを欠いている。日本神道の荒魂を鎮めるには密教的仏教観
が不可欠である。天照大御神の和魂は、国家の平和と経世済民を望んでいるのは、古事記で
明かである。

 尊王攘夷思想というのは、現代では分かりにくくなったように思う。徳川幕府に対して尊王、
外国の文化や思想に対して攘夷だと思う。これが富国強兵に発展していく。

 徳川幕府の朱子学に対して、江戸幕府開闢当初から抵抗していたのは、後水尾天皇や臨
済宗の沢庵和尚であった。水上勉氏の「沢庵」は、現代人の仏法に対する蒙を啓くものであり
示唆に充ちている。
 幕末の武士階級は、朱子学の忠義から逃れることが難しく、結局徳川幕府や将軍や天皇に
裏切られる。外様大名の藩が維新の遂行ができたのは、徳川に対する忠義なぞなかったから
だ。天皇に対する忠義というより、王道に対する忠義といっていいだろう。
 明治維新はこの朱子学と国家神道が融合して、荒魂が猛威をふるった。天照大御神の和魂
と統一神としての八幡菩薩を勧請した密教的国家観や宇宙的親和が閑却されたようだ。

2014年4月11日金曜日

寛文近江・若狭地震

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%9B%E6%96%87%E8%BF%91%E6%B1%9F%E3%83%BB%E8%8B%A5%E7%8B%AD%E5%9C%B0%E9%9C%87

寛文・若狭大地震

 
小浜を中心として、東西に原発が15基集中している。関電の無責任な対応は原発依存が他の電力会社より抜きんでているからである。このような依存を断ち切ることこそ関電に求められる社会的責任である。三方五湖付近で3メートル以上の土地の隆起が起こっている。美浜発電所に近い。水上勉氏は大飯町の生まれだが、大飯原発に対する危惧を小説「故郷」で披瀝している。古文書の発掘や周辺の越前藩や京都府のどこかの藩にある古文書のチェックが必要である。寺社仏閣等にも記録があるはずである。もんじゅの原子力開発機構も文科省の人材を動員して積極的に文献の発掘と公表に踏み切ってほしい。原子力開発機構は先祖返りをして水力発電に事業転換すれば済む話なんですよ。

2014年4月2日水曜日

原発依存の政治体制

 
 関電の送電線談合にしろ、政策投資銀行の北海道電力への融資は、電力自由化に逆行する動きである。一瞬にして国民の生命と財産を奪う原発事故のリスクのある電力会社に国民の税金で融資するなぞ、株式式市場とリート市場を危険な状態に晒すも同然だ。福島を見よ!土地の資産価値は、今やない。原発の立地地域の地価も動きがほとんどない状態だ。それにもかかわらず、土地建物評価額は正しく評価されていない。地方自治体の悪辣な税制は、過疎化に拍車をかけるだろう。原発とともに、滅びるしかない。原発の事故から国民の生命や財産を守れない状態で、国防もないだろ。原発に依存する政治家や国民の精神が病んでいるのだ。原発事故がひとたび起これば、政治団体が抱えている電力債や株券は一瞬にして紙屑となるのだ!彼らの信じているものは、妄想にすぎない。原発に対する妄執こそ彼らの病だ。
 日銀が大手不動産会社のリートを買っているが、独占資本体制を強固にする傾向にあるが、そんな放射能の降っている東京の土地の評価額が上がるとは思われず、彼らのハゲタカのような野望も春の夢となるだろう。東京の人口を考えたら、癌の発症が顕著になってくるに従い東京の土地神話はメルトダウンするだろう。
 想い起せば、与謝野氏の経済政策が悉く失敗したのは、この原子力ムラに依存した政治体制にあったことが大きな要因だったであろう。氏はリーマンショックの影響が当初は軽微なものであると考えていた。彼の関心は不動産には全くなかった。ところが不動産リート市場を創り、投資していた米国のヘッジファンドが次々と撤退し、不動産リートは無残な紙屑同然になり、それに連動したリートの運用を中心にしていた不動産株は昔の古紙市場か紙飛行機のようにくるくる旋回しながら、クラッシュしていった。飛ぶ鳥を落とす勢いだったリート関連の不動産株を担保に信用買いしていた強気な投資家の投げ売りは、株式市場を奈落へと落した。これは与謝野氏が不動産金融に無関心だったからであろう。彼の無関心は即無用扱いとなる。クレジット市場の融資規制を厳しくしたのも、グレーゾーン金利の問題もさることながら、彼の消費意欲の無関心から来ていると言えないこともない。ジョゼフ・フーシェを座右の書にしていると云う彼の関心は、専ら原子力ムラの強固な政治体制を構築するための陰謀にあった。不動産の信用創造や消費の落ち込みなぞ、どうでもよかったのである。これによって、日本はデフレから脱却できなくなり、また国内の設備投資も回避されたのである。企業の資本は、新たなる市場を目指して、海外へと逃避した。
 追い打ちをかけるように原発事故は、与謝野氏の永年かかって作り上げた原子力ムラを機能不全に陥れた。彼らの利益共同体は電力会社の社債や株式を資産にして、その高い金利や配当によって支えられていた。電力会社が差し出す、彼らの社債や株式は、もはや何の意味もなく、単なる広報誌や不当たり同然の約束手形にすぎなくなった。縮小し採算のとれない原子力市場に、昔の夢を追って、関連会社が衝突し、食い合うことは必定で、やがてムラは内部分裂で崩壊するだろう。