水上勉氏の「雁の寺」は昭和八年の頃のお寺での設定である。主人公の小僧が抱え
ていた無明や社会への不満が、住職に対する殺人へ拡がっていく。昭和八年の段階で
中学校にまで軍事教練が課されていたのは、驚きである。
「阿呆いえ」
慈海は里子の鼓膜がふるえるほどの声をだした。
「禅寺の子弟に兵隊ごっこ教えて何なる。けしからん中学や」
「そんなこというたかて、きめやからしかたあらしまへんが」
慈海は怒った眼をすこしやわらげた。
「きめやてか。だれがそんな阿呆なことをきめよった。禅寺の小僧に鉄砲もたして何にな
る」
「そら知りまへん。だれが決めはったか知りまへんけど、みんなよろこんで鉄砲もってはり
まっせ」
「何ぬかす」
慈念はんも教練で疲れてはるんどっしや。ねむいのしかたないわ」
「そんなことで、修行中の小僧がつとまるかい」
慈海は眼をむいた。里子は、自分が叱られたような気がしたが、腹の中では一日ぐらい寝
すぎたって慈念を叱るにはあたるまいと思っている。きっと慈念は疲れきっているのであろ
う。四尺そこそこの小さい軀に、あんな大きな鉢頭を重そうに支えているのだから、勤行、作
務、学校、と不死身の軀でないとつとまるはずがない。里子は慈念を無意識にかばっていた。
「まあ、ええわ、あしたから縄でくくって引っ張ったる」
慈海は舌打ちしてそういうと、鳥の足のようにしわのよった目尻を下げて、ぬくもった里
子の腰巻の紐をまさぐりにきた。朝になって軀を欲しがるのが習慣になっていた。慈海はま
すます眼を細め、毛の生えた短い指で里子の襟もとをかきわけ、乳房を弄びだすのである。
2014年2月23日日曜日
2014年2月22日土曜日
宮尾登美子「松風の家」
宮尾登美子著「松風の家」
茶禅一味<ちゃぜんいちみ> 「茶は遊にあらず、芸にあらず、道なり。道を忘れる者は、日本の心を忘れる者なり」明治維新によって、大名家の没落とともに茶道が衰退する中、庭に植えた茶の木から茶を摘み、裏手の山から山菜を採って、一汁三菜で糊口をしのぐ。禅の精神を体現し、「心あれば無尽蔵」と茶の伝統と普及に精進する。「今日を限りの一日花」としての木槿(むくげ)の花を愛で、「学びの海は広くとも、渡らばなどか越えざらん。教えの山は高くとも、踏むに至らぬ事やある」という気概で、明治維新の疾風怒濤の航海に、絶えることのない法灯としての茶禅一味の精神を継承する。それは、宮尾登美子さんの小説が、人生の荒海を渡る「櫂」であり、小説道とも言うべき法灯であるのだろう。
宮尾登美子著「春燈」
物おもへば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂(たま)かとぞみる 和泉式部
いい作品に出会うと、魂が抜け出ていく。同じ感情で、同じ場所で、同じ時代に、同じものを、はるか時空を超えて、見ている。宮尾登美子さんの「春燈」もそういう作品で、行ったこともない、海辺の家から望む高知の海が、当時の作者と同じ気持ちで、見えて来た。その街の路地裏まではっきりと見えて来る。これが小説の醍醐味というものであろう。自分の魂が脱け出て、はるかな過去とその場所に一瞬で行って、当時の作者の背後から、同じ海や時代を見つめている。そういう不思議な魂の体験をした作品であった。
茶禅一味<ちゃぜんいちみ> 「茶は遊にあらず、芸にあらず、道なり。道を忘れる者は、日本の心を忘れる者なり」明治維新によって、大名家の没落とともに茶道が衰退する中、庭に植えた茶の木から茶を摘み、裏手の山から山菜を採って、一汁三菜で糊口をしのぐ。禅の精神を体現し、「心あれば無尽蔵」と茶の伝統と普及に精進する。「今日を限りの一日花」としての木槿(むくげ)の花を愛で、「学びの海は広くとも、渡らばなどか越えざらん。教えの山は高くとも、踏むに至らぬ事やある」という気概で、明治維新の疾風怒濤の航海に、絶えることのない法灯としての茶禅一味の精神を継承する。それは、宮尾登美子さんの小説が、人生の荒海を渡る「櫂」であり、小説道とも言うべき法灯であるのだろう。
宮尾登美子著「春燈」
物おもへば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂(たま)かとぞみる 和泉式部
いい作品に出会うと、魂が抜け出ていく。同じ感情で、同じ場所で、同じ時代に、同じものを、はるか時空を超えて、見ている。宮尾登美子さんの「春燈」もそういう作品で、行ったこともない、海辺の家から望む高知の海が、当時の作者と同じ気持ちで、見えて来た。その街の路地裏まではっきりと見えて来る。これが小説の醍醐味というものであろう。自分の魂が脱け出て、はるかな過去とその場所に一瞬で行って、当時の作者の背後から、同じ海や時代を見つめている。そういう不思議な魂の体験をした作品であった。
水上勉「雁の寺」
水上勉氏の 「雁の寺」では、臨済宗のお寺の修行僧が、住職を殺すという、修業とは正反対の結果が描かれており、その恐怖は檀家の葬式にかこつけて、棺の中に殺した住職の死体をもう一体隠して葬ることで、一層なまなましい実感として襲ってくる。その修行僧の心の様々な鬱屈とした憎しみが、殺意となって闇を駆け抜ける。乞食の母の私生児という不幸な出生、肉体的なコンプレックス、軍事教練と寺の修行の苦しさ、そう言った苦しみが得体の知れない憎悪となって、住職を襲うのである。その救い難い殺意に、修行の空虚を読みとる者もいるだろう。この得体の知れない闇は無明そのものである。しかし、仏縁とは不思議なもので、「雁の寺」で作家として認められ、後年水上氏は病に倒れ、少年時代に修行した禅寺の食事法を摂るために軽井沢に移っている。
「越前竹人形」は泥に咲く蓮の花のように、苦涯に身を堕した女が、竹細工の職人に救われて、薄幸な人生を終えるのを、哀しくも美しい物語として描かれている。人間の業の深さを思い知らされると同時に、人間の美しい情愛溢れる物語である。
水上氏が福井県大飯町に生まれ、9才にして、京都の臨済宗のお寺に小僧として修行に出されるが、あまりの厳しさに出奔する羽目になる。様々な職業を遍歴し、会社経営も思うに任せなかったが、この「雁の寺」によって、作家として成功する。後年、氏が故郷に帰ると、原発が林立し失望を深くしたと云う。氏の原発に対する懸念は、3年前の福島の原発事故としてあらわれてしまった。芸術家の直感とはおそろしいものである。臨済宗のなせる力かもしれない。原発はもはや我々日本人にとって、原罪のように重くのしかかっている。
「越前竹人形」は泥に咲く蓮の花のように、苦涯に身を堕した女が、竹細工の職人に救われて、薄幸な人生を終えるのを、哀しくも美しい物語として描かれている。人間の業の深さを思い知らされると同時に、人間の美しい情愛溢れる物語である。
水上氏が福井県大飯町に生まれ、9才にして、京都の臨済宗のお寺に小僧として修行に出されるが、あまりの厳しさに出奔する羽目になる。様々な職業を遍歴し、会社経営も思うに任せなかったが、この「雁の寺」によって、作家として成功する。後年、氏が故郷に帰ると、原発が林立し失望を深くしたと云う。氏の原発に対する懸念は、3年前の福島の原発事故としてあらわれてしまった。芸術家の直感とはおそろしいものである。臨済宗のなせる力かもしれない。原発はもはや我々日本人にとって、原罪のように重くのしかかっている。
2014年2月20日木曜日
能「野宮」
能「野宮」
能「野宮」では、六条御息所の亡霊が妄執に囚われている自分を救うため、回向して欲しいと僧に頼みます。夜通し御息所を弔う僧の前に、秋の千草の花車に乗って御息所の亡霊が現れ、幽かな月光の下で、花のような袖を翻して舞う。
この旅の僧は、野宮を訪れて、伊勢大神宮は神仏の隔てをなされず、仏法の教えが正しく流布し、心は澄み渡るような夕景だと述懐している。御息所の霊は仏法によって救われた事を語っている。
国学の途が幕末以来、神ながらの道をひたすら辿るあまり、源氏物語に流れる仏教観が疎かにされたのは、嘆くべき事柄であった。能「野宮」に最も感嘆したのは、ドナルドキーン氏であったのは、日本人として悲しむべき事実である。紫式部を代表として、日本人の心に流れていた仏教観が否定された明治は慨嘆すべき、異形の文化を築いたと断言できる。
日本の国学が途を誤り、源氏の須磨の巻きが尊ばれたのは、住吉の神が活躍したからである。しかし、その霊験は明石の入道の台密による修行と住吉の神への願掛けによる密教的な呪術によって達成されたのである。源氏が赦されて、政界に復帰するのも、この修行の賜物であり、御息所の死後、娘を養女にして、中宮に立てたのも御息所に対する供養であっただろう。源氏物語に脈々と流れる仏法を無視して、その深さを味わうことはできない。物語の表面上の筋は顕教的であり、その奥に隠された深い意味は密教的と言える。
能「野宮」では、六条御息所の亡霊が妄執に囚われている自分を救うため、回向して欲しいと僧に頼みます。夜通し御息所を弔う僧の前に、秋の千草の花車に乗って御息所の亡霊が現れ、幽かな月光の下で、花のような袖を翻して舞う。
この旅の僧は、野宮を訪れて、伊勢大神宮は神仏の隔てをなされず、仏法の教えが正しく流布し、心は澄み渡るような夕景だと述懐している。御息所の霊は仏法によって救われた事を語っている。
国学の途が幕末以来、神ながらの道をひたすら辿るあまり、源氏物語に流れる仏教観が疎かにされたのは、嘆くべき事柄であった。能「野宮」に最も感嘆したのは、ドナルドキーン氏であったのは、日本人として悲しむべき事実である。紫式部を代表として、日本人の心に流れていた仏教観が否定された明治は慨嘆すべき、異形の文化を築いたと断言できる。
日本の国学が途を誤り、源氏の須磨の巻きが尊ばれたのは、住吉の神が活躍したからである。しかし、その霊験は明石の入道の台密による修行と住吉の神への願掛けによる密教的な呪術によって達成されたのである。源氏が赦されて、政界に復帰するのも、この修行の賜物であり、御息所の死後、娘を養女にして、中宮に立てたのも御息所に対する供養であっただろう。源氏物語に脈々と流れる仏法を無視して、その深さを味わうことはできない。物語の表面上の筋は顕教的であり、その奥に隠された深い意味は密教的と言える。
2014年2月19日水曜日
原子力村の生霊
原子力村の問題は科学技術の問題以上に、人間の執念の問題でもある。原子力村を作った一人の与謝野馨氏の政治的執念とも言うべきものを強く感じる。これは、彼の偉大なる祖母が訳した源氏物語の六条御息所の高貴な女の執念と同じものを感じる。東宮の死によって、プリンセスの座から一転して未亡人になり、源氏の愛人となったが、正妻の座を占めることができなかった。とうとう、正妻の葵の上を、生霊になって呪う。葵の上は死んでしまうが、この後味の悪さが御息所を苦しめる。彼女は、斎宮となって伊勢へ向かう娘とともに、源氏の元を去る。この話には救いはない。それは、あたかも神道に人間の救いを求めず、仏法に安らぎと救いを求めた紫式部の心中の作為だっただろう。
http://aikokunokai.blogspot.jp/2013/04/blog-post_21.html
2014年2月12日水曜日
小泉純一郎・元首相「原発即ゼロで日本はよみがえる!」
昨日のなかにし礼さんの雪の中の応援演説はすばらしかった。類まれなる芸術至上主義者である氏が、言霊が降りたように訴えた。「様々な嘘で民主主義が壊れてゆく。都民は自分たちの良心を見せようではありませんか?放射能の前では、世界一の防災対策も自衛隊も無力であり、人類の命と暮らしを奪うものであり、再稼働は民主主義のモラルを打ち壊すものだ」
脱原発は良心の問題であり、それは彼の内奥からの叫びであり、真心であり、目の前の民衆と自分自身の良心に訴えるものであった。「古今和歌集仮名序」の冒頭が想起されるものであった。
「 やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける 世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり 花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生きるもの、いづれか歌をよまざりける 力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり」
分けても脱原発の歴史的名演説を残したのは、小泉元首相であった。
「あの東北大震災、原発事故は日本を変えるチャンスである。また変えられるんだ。変えられるのに、変えることができるのに、なぜ立ち上がらないんだと言う、強い憤りの念が、私の胸に炎えてきたんだ。やれることはやろう。このピンチをチャンスに変えよう。歴史的大転換期だ!」
脱原発は良心の問題であり、それは彼の内奥からの叫びであり、真心であり、目の前の民衆と自分自身の良心に訴えるものであった。「古今和歌集仮名序」の冒頭が想起されるものであった。
「 やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける 世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり 花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生きるもの、いづれか歌をよまざりける 力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり」
分けても脱原発の歴史的名演説を残したのは、小泉元首相であった。
「あの東北大震災、原発事故は日本を変えるチャンスである。また変えられるんだ。変えられるのに、変えることができるのに、なぜ立ち上がらないんだと言う、強い憤りの念が、私の胸に炎えてきたんだ。やれることはやろう。このピンチをチャンスに変えよう。歴史的大転換期だ!」
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