原子力村の生霊
原子力村の問題は科学技術の問題以上に、人間の執念の問題でもある。原子力村を作った一人の与謝野馨氏の政治的執念とも言うべきものを強く感じる。これは、彼の偉大なる祖母が訳した源氏物語の六条御息所の高貴な女の執念と同じものを感じる。東宮の死によって、プリンセスの座から一転して未亡人になり、源氏の愛人となったが、正妻の座を占めることができなかった。とうとう、正妻の葵の上を、生霊になって呪う。葵の上は死んでしまうが、この後味の悪さが御息所を苦しめる。彼女は、斎宮となって伊勢へ向かう娘とともに、源氏の元を去る。この話には救いはない。それは、あたかも神道に人間の救いを求めず、仏法に安らぎと救いを求めた紫式部の心中の作為だっただろう。 http://aikokunokai.blogspot.jp/2013/04/blog-post_21.html
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