2014年2月23日日曜日

「雁の寺」の無明

 水上勉氏の「雁の寺」は昭和八年の頃のお寺での設定である。主人公の小僧が抱え
ていた無明や社会への不満が、住職に対する殺人へ拡がっていく。昭和八年の段階で
中学校にまで軍事教練が課されていたのは、驚きである。
 
「阿呆いえ」
慈海は里子の鼓膜がふるえるほどの声をだした。
「禅寺の子弟に兵隊ごっこ教えて何なる。けしからん中学や」
「そんなこというたかて、きめやからしかたあらしまへんが」
慈海は怒った眼をすこしやわらげた。
「きめやてか。だれがそんな阿呆なことをきめよった。禅寺の小僧に鉄砲もたして何にな
る」
「そら知りまへん。だれが決めはったか知りまへんけど、みんなよろこんで鉄砲もってはり
まっせ」
「何ぬかす」
慈念はんも教練で疲れてはるんどっしや。ねむいのしかたないわ」
「そんなことで、修行中の小僧がつとまるかい」
慈海は眼をむいた。里子は、自分が叱られたような気がしたが、腹の中では一日ぐらい寝
すぎたって慈念を叱るにはあたるまいと思っている。きっと慈念は疲れきっているのであろ
う。四尺そこそこの小さい軀に、あんな大きな鉢頭を重そうに支えているのだから、勤行、作
務、学校、と不死身の軀でないとつとまるはずがない。里子は慈念を無意識にかばっていた。
「まあ、ええわ、あしたから縄でくくって引っ張ったる」
 慈海は舌打ちしてそういうと、鳥の足のようにしわのよった目尻を下げて、ぬくもった里
子の腰巻の紐をまさぐりにきた。朝になって軀を欲しがるのが習慣になっていた。慈海はま
すます眼を細め、毛の生えた短い指で里子の襟もとをかきわけ、乳房を弄びだすのである。

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